横浜から日本初・鉄(かね)の橋
横浜のJR関内駅北口伊勢佐木町方面に、吉田橋関門跡の碑を見ます。
横浜開港より200年も昔に、吉田勘兵衛という人が周辺の入り海を埋めたてて、新田を開拓、吉田新田と呼び、ここに架けた木橋を吉田橋といいました。
吉田新田はのちの横浜市街地発展の基盤となり、現在関内周辺、吉田橋商店街、伊勢佐木町、長者町一帯がこれに含まれます。
横浜開港直後はこれに反対する浪士もあって、幕府は1861年(文久元年)主要道路に関門を設け、通行の取り締りを行いました。
ちなみに関門が設けられた翌年、薩摩藩士のイギリス人殺傷事件が起っています。