人をケアする
いったい何が起こったのか。
入院によって彼らのまわりから、生きていること、生きていくことへの"肯定感"が一挙に失われたのだとしか思えないではないか。
いくら治療行為を受け、看護や介護を受けても、その治療や看護や介護を通して、"肯定感"が失われていくとするなら、敏感な彼らはそれを感じとり、まわりの期待どおりに、生きていくこと、生きていることを降りてしまうのです。
もちろん、無意識に近いところで。
「ようけ(たくさん)食べたね。大きゅうなれるよ」
「いまからでも大きゅうなれるかの」
「なれる、なれる」
「大きゅうなって、嫁にいこうか」
やっと、Hさんの"Hさんらしさ"への復帰です。
入れ歯は、大事そうにケースの中に飾ってある。